超イオン導電体とは何か

  超イオン導電体(superionic conductors)とは、融点よりはるかに低い温度で溶融塩や電解質溶液に匹敵するイオン伝導度を有する固体の総称であり、その研究の起源は1834年のM. FaradayによるAg2S中の銀イオン伝導の発見にまでさかのぼることができます。

  ちなみにM. Faradayとは、電磁誘導の法則にその名を残し、「ロウソクの科学」を書き、ファラデー定数としてもその名を使われている電磁気や電気化学の分野の大御所、あのマイケル・ファラデーです。おそらくFaradayが生涯に行った仕事、発見のほんのささいな一つ、恐らく伝記などでも特に記されることもない仕事の一つでしょう。それが今日では一つの研究分野を形作っているのですから、まさにFaraday恐るべしです。

  閑話休題。
  今日の超イオン導電体研究は1914年のTubandtとLorenzによるAgIにおける高イオン伝導相の発見に端を発していると考えられます。右の図はAgIの電気抵抗率の温度変化です。この変化が銀イオンの運動によることが確かめられています。温度とともに急速に抵抗率が減少しており、この変化を明瞭にするため抵抗率の対数で表した図も合わせて示します。147℃で不連続に値が減少し、抵抗は0.5(Ωcm)にまでなります。X線回折に現れるその構造的特徴は、液体を示すハローパターンと結晶からのBraggピークの混在です。さらに転移熱の測定から、高イオン伝導相への相転移のエントロピー変化と融解のエントロピー変化がほぼ同様の値を示し、超イオン導電体は半融解あるいは副格子融解という状態であると考えられます。半分の結晶格子に支えられて、固体としての形状を保ち、かつ融けたイオンが外に流れ出さないとも考えられます。定性的にはいろいろな実験事実は固体と液体双方の状態を反映しています。

  しかし本質的なことは、固体の中を高速に移動するイオン種が正規の結晶格子を形成せず、占有可能な格子点のなかでランダムに配置されているという構造不規則性より、むしろ比較的浅いポテンシャル中で強い非調和熱振動をしていることとイオンの運動が個別ジャンププロセスではなく集団運動によることです。これらがイオン間の化学結合と密接に関連し、かつ銀および銅の結晶化合物に超イオン導電体が多いことから、見かけ上閉殻構造をとるCu3dやAg4dや空のsバンドと陰イオンのpとのバンド構造が重要であると考えられています。

  結晶以外にガラス質の超イオン導電体も数多く見いだされています。ガラスは長距離の秩序が失われた固体、あるいは液体構造が凍結された固体とも見なされますが、単に構造が不規則というだけで高いイオン伝導性を説明することはできません。そして、イオン伝導性ガラスの中でも銀化合物や銅化合物を含むガラスが特に高い伝導度を示すことは化学結合の効果が相変わらず重要な役割を演じていると考えられます。しかしながら、これまでに知られている超イオン電導ガラスの最大のイオン伝導度が結晶質のそれに及ばないという事実は、基本的な秩序構造が失われた事により集団運動が阻害された結果によるものではないかと思われます。

  このように基礎的見地から銀、銅系の超イオン導電体は大変興味深いのですが、応用面では、とりわけ銀が高価であることや重い元素であるという難点があります。伝導度ではこれらに及ばなくとも、実用的にはリチウムやナトリウムといったアルカリイオンやプロトンのイオン導電体に注目が集まっています。これらを用いた2次電池や燃料電池、センサーなどの開発が期待されており、リチウムイオン伝導性ポリマーを用いたリチウムイオンバッテリーはすでに製品化されています。

                                 つづく



もっとくわしく知りたい人のための参考書

 「固体アイオニクス」 工藤徹一・笛木和雄著  講談社  (1986)
 「超イオン導電体」 星埜禎男     (大槻義彦編 「物理学最前線28」所収)  共立出版  (1991)
 「固体の高イオン伝導」 斎藤安俊・丸山俊夫編訳  内田老鶴圃  (1999)


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