ガラスとは何か

  ガラスとは何かを知る手がかりとして、はじめに物質の構造について考えます。よく知られているように、基本的に物質は固体、液体、気体の状態を取ります。それぞれの状態での構造を知る方法は構造単位の大きさとほぼ同程度の波長の波を物質に照射し、その散乱の様子を調べることです。そのもっとも代表的な方法としてX線回折があげられます。下の図は単原子気体のアルゴン、液体の水、固体の石英ガラスと塩化カリウム結晶それぞれについて、CuKα線(波長1.541Å)を使ったX線回折の結果です。横軸は2θ、縦軸は回折強度です。
  
  アルゴンでは強度が角度とともに単調に減少しています。これは各原子から散乱されたX線の間で干渉がないことを示していると考えられます。そして干渉がないということは原子間に位置の相関がないこと、言い換えると、ある瞬間の原子の位置を写真に撮った時、原子同士はお互いに全くランダムな位置関係にあることを示しています。そして角度とともに単調に変化する散乱強度は、単にある大きさを持つひとつの原子からの散乱の様子を表しており、正確には原子中での電子配置によって定まる電子の空間的な密度分布を反映しています。これは原子散乱因子として知られるものに対応しています。

  塩化カリウム結晶では、とびとびに鋭いピークが見られます。これは鉱物結晶の劈開からも想像されるように、原子が規則正しく整列しているために、ある方向ではX線を鏡のように反射する原子面ができることによるためです。このため特定の方向に強いX線の散乱が起こります。これをBragg散乱と呼び、回折線はBraggピークとして知られています。角度が大きくなるほど反射が弱くなるのは気体の場合と同様、原子散乱因子の影響によるものです。
  
  液体である水の場合は、気体のように単調には変化せず散乱波の間に干渉がおきていることが分かります。しかし、結晶のようなBraggピークは存在しません。このことは多くの原子(少なくとも1010個程度)がある規則性の下に整列してはいないが、少なくとも何らかの秩序が存在することを表しています。そして、ピークの現れる位置からこの秩序が原子間隔程度であることが分かります。すなわち、液体が流動性を持つことからも推測されるように長い距離にわたって規則正しい原子配置を保つ(長距離秩序)ことはできません(この数少ない例外として液晶があげられます)。一方、液体の密度は固体に近く、原子同士はお互いに密に接しています。このため、原子間には化学結合が働き、最近接原子の種類や数、原子間距離は結晶とあまり大きくは変わりません(化学的短距離秩序)。従って、液体で見られるX線の干渉的な散乱は化学的短距離秩序を反映したもので、これを解析することにより最近接原子間距離などの情報が得られます。

  石英ガラスは固体ですが、X線からは液体と同様の構造を持つように見えます。定性的にはこのような描像は正しいものであり、液体がその構造を保ったまま凍結され流動性を失ったものがガラスであると言えます。物質の状態と秩序構造の関係をまとめると多くは以下のようになります。ここで、気体はアルゴンのように単原子でかつ比較的希薄な状態を考えています。また、長距離秩序とは0.1〜1ミクロン程度にわたる規則性、短距離秩序とは最近接から第2近接原子間距離程度、中距離秩序はその間の領域です。

状態 長距離秩序 中距離秩序 短距離秩序
気体 × × ×
液体 ×
ガラス ×
結晶

                                つづく



もっとくわしく知りたい人のための参考書

「ガラスへの誘い 非晶体の科学入門」 南努著  産業図書 (1993)
「ガラス科学の基礎と応用」 作花済夫著  内田老鶴圃 (1997)


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